宮本 謙介のホームページ

  インドネシア研究断章

             在野研究者からのメッセージ



 

  読書ノート

「新刊書評」のページで取り上げた文献以外に、最近(2020年以降)関心をもって読んだ著作の中から、簡単な「読書ノート」として書き留めたものを紹介します。ここではインドネシアあるいは社会科学に限定せず、様々な分野の著作を幅広く取り上げます。
(「書き下ろし新刊書評」が学術雑誌等の書評の形式に則って執筆しているのに対して、このページの「読書ノート」は極く簡単なメモ書き程度のものです。なお、「読書ノート」に続いて「読書ノート・番外編」も掲載しています。)


※井上治『インドネシア領パプアの苦闘―分離独立運動の背景』めこん、2013年
※野中葉『インドネシアのムスリムファッションーなぜイスラームの女性たちのヴェールはカラフルになったのか』福村出版、2015年
※K.ポメランツ『大分岐―中国、ヨーロッパ、そして近代世界経済の形成』名古屋大学出版会、2015年
※園田茂人、デヴィッド・S・G・グッドマン『チャイナ・インパクトー近隣からみた「台頭」と「脅威」』東京大学出版会、2018年
※早瀬晋三『グローバル化する靖国問題―東南アジアからの問い』岩波書店、2018年
※太田恭彦『プラナカンー東南アジアを動かす謎の民』日本経済新聞出版社、2018年
※小谷汪之『中島敦の朝鮮と南洋、二つの植民地体験』岩波書店、2019年
※林英一『南方の志士と日本人―インドネシア独立の夢と昭和のナショナリズム』筑摩書房、2019年
※古田和子(編著)『都市から学ぶアジア経済史』慶應義塾大学出版会、2019年
※浅井亜紀子・箕浦康子『EPAインドネシア人看護師・介護福祉士の日本体験―帰国者と滞在継続者の10年の追跡調査から』明石書店、2020年
※杉原薫『世界史のなかの東アジアの奇跡』名古屋大学出版会、2020年
※植田浩史・三嶋恒平(編著)『中国の日系企業、蘇州と国際産業集積』慶應義塾大学出版会、2021年
※リチャード・ロイド・パリー(濱野大道・訳)『狂気の時代―魔術・暴力・混沌のインドネシアをゆく』みすず書房、2021年
※アンソニー・リード『世界史のなかの東南アジアー歴史を変える交差路(上)(下)』名古屋大学出版会、2021年
※「お隣は外国人」編集委員会(編)『お隣は外国人―北海道で働く、暮らす』北海道新聞社、2022年

「読書ノート・番外編」
※オルハン・パムク『わたしの名は赤(上)(下)』(新訳版)早川書房、2012年
※古内一絵『痛みの道標』小学館、2015年
※東山彰良『流』講談社、2015年
※深田晃司『海を駆ける』文藝春秋、2018年
※下村敦史『フェイク・ボーダー 難民調査官』、『サイレント・マイノリティ 難民調査官』光文社、2019年
※アビール・ムカジー『カルカッタの殺人』(2019年)『マハラジャの葬礼』(2021年)早川書房
※ヤンシィー・チュウ『夜の獣、夢の少年(上)(下)』東京創元社、2021年
※ディー・レスタリ『スーパーノヴァ 騎士と姫と流星』上智大学出版、2021年



※井上治『インドネシア領パプアの苦闘―分離独立運動の背景』めこん、2013年
インドネシア領パプア(ニューギニア島の西側半分、西パプア州とパプア州)において、今も分離独立運動が続いていることを知る人は少ないかもしれない。1969年に旧オランダ領からインドネシアに併合されて以来、半世紀を超える分離独立運動は、 スハルト軍事政権下の激しい弾圧の時代を経て、民主化・地方分権化の時代に入っても沈静化する兆しはない。現在でも独立運動や教会の指導者に対する軍・警察による殺害事件、先住のキリスト教徒パプア人と国内移民のイスラーム教徒ジャワ人の民族抗争も跡を絶たない。 ジョコウィ現政権は、自治権拡大やインフラ開発などの宥和政策をとるが、功を奏しているとは言い難い。パプアは、インドネシアの国民統合を考える上で最も重視すべき地域のひとつである。
本書は、これまでほとんど知られていないパプア分離独立闘争の歴史を概観し、「なぜパプア人は民族自決権を要求し続けるのか」を明らかにしようとしている。
叙述内容は、パプアのインドネシア併合の経緯、分離独立運動の変遷、パプア民族と国内移住民の確執、鉱山業の開発独占権を持つ米系資本フリーポート社、深刻化する人権問題、民主化後のジャカルタ中央政府の対応、 国内外のパプア人代表から成る「パプア住民会議」の独立要求(2000年)、パプア特別自治法(2001年)成立の経緯と概要、「パプア住民協議会」の内実、などである。とくに民主化後から2010年代初めまでの政治過程の解説が詳しい。 また、パプア民族(メラネシア系)が、他のインドネシア諸民族(マラヤ系)に比して特異な歴史を辿ってきたこと、インドネシアへの併合には国際社会(アメリカ、オランダ、国連など)の責任も大きいことなど、注目すべき指摘も散見される。
ただし、叙述のほとんどが既存の文献や新聞・雑誌報道に依拠しており、分離独立派や一般住民の生の声はほとんど伝わってこないという難点もある。また分離独立問題では経済的側面からの検討も重要であるが、本書には経済関連の基礎データも示されておらず、 今後の開発のあり方を考える素材が提示されていないのは惜しまれる。


※野中葉『インドネシアのムスリムファッションーなぜイスラームの女性たちのヴェールはカラフルになったのか』福村出版、2015年
本書は、1980年代から始まった高学歴女性のヴェール着用の動向に焦点を当て、その歴史的変遷と女性たちの意識改革の実際を豊富な現地取材によって提示したものである(ヴェールの現地名称も時代状況とともにクルドゥン→ジルバブ→ヒジャーブと変化)。 日本のようにイスラームへの理解が乏しい国において、イスラームが女性蔑視の宗教であり、女性はヴェール着用を強制されており、ヴェールを外すことが女性解放に繋がるといった誤解・偏見を払拭することも意図されている。
著者の主張は、大学在学生・既卒者を中心とする高学歴女性へのインタビューに基づいて、女性たちがイスラーム(特に聖典クルアーン)を深く学ぶことによって、主体的・自覚的にヴェール着用を選択し、イスラーム実践による自己変革と社会改革を目指したという点にある。 ヴェール着用する女性たちは、自ら敬虔で品行方正、内面の美しさを主張できると考えているという。決して過激派に傾倒しているわけではなく、男性優位とされるイスラーム社会から強制された結果でもないということになる。これらの結論は、丹念な実証の成果として評価されるべきであろう。
読後の感想・疑問点として2点記しておきたい。ファッション重視でカラフルなヴェールを纏うようになった女性たち(主に都市部中間層)とヴェール着用しない同世代女性たちとでは、イスラーム認識にどのような違いがあるのだろうか。 また、民主化後、グローバリズムに包摂されるインドネシアにおいて、女性のヴェール着用の実態を踏まえると、著者は「イスラーム復興」「イスラーム回帰」と言われる社会現象を総体としてどう捉えているのか、これも知りたいところである。


※K.ポメランツ『大分岐―中国、ヨーロッパ、そして近代世界経済の形成』名古屋大学出版会、2015年
本書は、2000年の原書出版以来、グローバル・ヒストリー研究の興隆の中で最も注目を集めた著作であろう。なぜイギリスで最初に産業革命が起こったのか、 社会経済史研究にとって古くて新しいテーマであるが、本書は先行研究とは異なる斬新な見解を提示して物議を醸した。
周知の結論を、念のため以下に要約する。@18世紀半ばまでのイギリス(イングランド)と中国(長江デルタ)における経済発展の水準(生活水準、所得水準)にはほとんど差がなかった。 A18世紀後半には、両地域ともに食糧・燃料、工業原料生産地の不足に直面していた。Bイギリスにおける産業革命の勃興(大分岐)は、化石燃料(石炭)とアメリカ大陸への資源アクセスという偶発的な「授かり物」の存在によるもので、 これが近代工業化へのブレイクスルーとなった。
上記の結論もさることながら、本書の分析で注目したいのは、産業革命前の西ヨーロッパ(イギリス)の経済発展について、固有の内在的要因に求めて高く評価する既存の社会史・経済史・経営史の大家たち(F・ブローデル、I・ウォーラーステイン、D・ノースなど)の所説を、 ヨーロッパ中心史観として鋭く批判している点である。また著者によれば、ヨーロッパによるアジアの富の収奪こそがヨーロッパの経済発展を可能にし、アジア経済を停滞させたという従属学派の分析も一面的なアジア認識ということになる。
いずれにしても、戦前・戦中はもちろん、戦後もヨーロッパ中心史観=オリエンタリズム(それと表裏するアジア停滞史観)に呪縛されてきた日本の歴史学会に対して、本書は刺激的な問題提起と言えるだろう。
(なお、オリエンタリズム批判の歴史研究に関しては、「トピックス」のページに掲載している「オリエンタリズム批判のアジア歴史研究」を参照されたい。)


※園田茂人、デヴィッド・S・G・グッドマン『チャイナ・インパクトー近隣からみた「台頭」と「脅威」』東京大学出版会、2018年
2013年に発足した中国の習近平政権は、「一帯一路」と「AIIB(アジアインフラ投資銀行)」の構想を着々と進めており、その対外膨脹と軍事大国化をもって、覇権主義・中華帝国復活を目指しているとの見方も少なくない。 それでは、アジア近隣諸国は、こうした中国の台頭をどう見ているのか。
本書は、今世紀の中国の台頭をめぐるアジア諸国の反応と対応について、各国の中国問題専門家が分析した論文集である。対象は、台湾、ベトナム、タイ、マレーシア、インドネシア、オーストラリアの6カ国である。
本書によれば、各国の中国認識は、国ごとに多様であるだけでなく、一国の中でも階層や世代、政治的価値観などの相異によって一様ではない。時間の推移(中国関連の重大事件、自国の政権交代など)とともに対中認識に変化が生まれることもある。 編者は、チャイナ・インパクトを規定する要因として、経済・国際環境・社会文化の3点を挙げている。各国の分析結果は多岐に亘るが、概して言えば、経済要因では、ベトナム、タイ(軍事政権)、インドネシアが台中関係の緊密化を肯定的に捉えているのに対して、 他の国々では警戒的である。国際関係では、米中間の覇権抗争の中で、アメリカの軍事的脅威を重視する国(ベトナム、タイ)とそうでない国(台湾、オーストラリア)では中国対応が分かれる。 南シナ海での中国による行動に対しては、概して警戒的な国が多い(ベトナム、フィリピン、インドネシア)。社会・文化的要因に関連して、華人系住民が多い東南アジアの国々(タイ、マレーシア、インドネシア)でも、世代や当該国の民族間関係のあり方によって、中国認識は異なっている。
本書の対象となっていないアジアの国々について言えば、カンボジア・ラオス・ミャンマー(軍事政権)が中国と緊密な関係にあることは周知のところである。 近隣の韓国やシンガポールは勿論のこと、今後の高度成長が予測されるインド、西アジアの大国であるイランやトルコの対中関係の分析も不可欠であろう。 いずれにしても、様々の側面で対中関係の温度差が大きいことは、アジアで進展しつつある地域協力のあり方を考える際にも、知っておくべき基礎知識であることは疑いない。



※早瀬晋三『グローバル化する靖国問題―東南アジアからの問い』岩波書店、2018年
ASEAN(東南アジア諸国連合)は、今世紀に入ってアジアの地域協力で存在感を高めつつある。2015年にASEAN経済共同体を発足させ、次に政治安全保障共同体と社会文化共同体も近々実現させる予定であり、 さらに日・中・韓を加えた「ASEAN+3」の地域協力にも積極的で、いまや東アジアの地域協力に主導権を発揮しようとしている。こうしたアジアの国際環境の変化を踏まえて、 本書は「(東南アジアを含む)東アジアという地域から日中・日韓の歴史問題をみることによって地域の安定と発展の道筋を考えること」を課題としている。
本書の主要な情報源は、ASEAN各国の英字新聞の報道である。著者によれば、2000年代に入ると各国の新聞報道では、日中・日韓の歴史問題に関する社説や専門家の解説などの記事が増加し、日本に対する独自の批判的な論調も見られるようになっている。 1980年代に始まる靖国問題が教科書問題や領土問題とも連動して、東アジア全域の歴史問題として報道されているという。ASEANにおける日本の経済的プレゼンスの後退と中国の影響力拡大という事態の中で、 日本と中・韓の歴史問題を2国間にとどめず、東アジアの地域問題として捉えようとの機運が高まっているという。
著者の主張は、これまで地域紛争を解決・回避してきたASEANの手法に学び、ASEAN主導の東アジア地域協力の枠組みの中で、日本は、出口の見えなくなっている中・韓との歴史問題に対処すべきという点にある。
本書は、主に新聞報道に依拠した分析であり、その点での限界も感じられる。ASEANの当事者たち(政策立案担当者)が日本と近隣諸国の歴史問題にどれだけ自覚的であるのか、これまで「親日的」とみられてきたASEAN各国において、 日本への国民感情がどれだけ変化しているのか、巨大化する中国の覇権主義に対してASEANは地域協力でどこまで主導権を発揮できるのか、日本(政府)が東アジアの地域協力という観点から過去の歴史問題に真摯に向き合うことになると言えるのか、 これらの点はなお検討の余地があるように思われる。



※太田恭彦『プラナカンー東南アジアを動かす謎の民』日本経済新聞出版社、2018年
東南アジア各国に定住している中国系住民は、中国と東南アジアの長い歴史的関係の中で、主に中国南部(福建、広東)から移住した人々の子孫である。「交易の時代」(15世紀〜18世紀)には主に海域商人たちが、 19世紀以降は大量の労働移民が東南アジア各地に移住した。そうした中国系住民をプラナカン(Peranakan)と呼ぶことがある。
本書は、著者がシンガポールを中心にプラナカンを自称する華人系上層の人々を対象に、彼らの生活・文化様式を取材(2015年〜2018年)した記録である。取材内容は多岐にわたり、リー・クアンユー一族、プラナカンの私設博物館や専門店、 日本占領期の軍部による軍資金調達や虐殺事件、マラッカ・ペナン(マレーシア)やプーケット(タイ)の富裕層、伝統建築・料理・衣装・アンティークの諸様式、など幅広い。
著者がプラナカンと呼ぶのは、19世紀までに東南アジアで商業活動に従事した中国人と現地人の妻との混血児およびその子孫で、後に富裕な実業家やエリート層となった人々である(男性をババ、女性をニョニャという)。 本書でもプラナカンは「一般華人から知識層・富裕層を区別する概念」、シンガポールにおいて「プラナカン人口は数万人と推定される」と指摘している。
しかし、プラナカンとは、かなり曖昧な概念であり、明確な定義があるわけではない。時代・地域によっても捉え方が異なり、多義的な用語であることは留意すべきである。 例えばインドネシアでは、「現地生まれで、現地語を話す」中国系住民をプラナカンと呼ぶこともある(「中国生まれで、中国語を話す」華人はトトック)。インドネシアの華人人口ではプラナカンがおよそ85%を占めるが、 華人財閥の多くはトトックであると言われる。ただし、使用言語や混血の度合いは多様であり、華人系住民を何らかの基準で区分するのは容易ではない。
著者が取材対象のプラナカンを「謎の民」「神秘的」などの表現で形容するのには違和感もあるが、本書によってシンガポール・マレーシアなどの華人系上層の歴史や生活実態の一端を知ることはできる。 また、本書は、東南アジアの華人系住民をカテゴライズする難しさを考える素材ともなるだろう。



※小谷汪之『中島敦の朝鮮と南洋、二つの植民地体験』岩波書店、2019年
本書は、中島敦(1909〜1942)の作品を通して「日本人の植民地体験を追体験する」ことをテーマとしており、中島が滞在した朝鮮と南洋が舞台である(朝鮮については第1章のみで、大半[第2章〜第5章]は南洋関連の記述に当てられている)。
朝鮮滞在中の中島については(京城中学校、1922〜1926年)、中学校時代の体験と記憶を基にした作品群を追うことで、中島が当時の現地の政治や社会問題に鋭い目を向けていたことが明らかにされている。
中島と南洋の関わりについては、まず南洋出発前に執筆された『光と風と夢』に注目している。この作品で中島は、スコットランドの文豪で晩年はサモアで生活したスティーブンソンについて書いており、 ドイツのサモア支配に批判的なスティーブンソンに共感していたという。そこでは、スティーブンソンを媒介させることで、列強の抗争に巻き込まれた現地人が互いに戦闘を繰り返す悲惨なサモアの歴史が描かれている。
中島は、1941年にパラオ諸島(日本の国際連盟委任統治領、事実上の日本植民地)コロール島の南洋庁に「南洋庁編修書記」として赴任した(1941〜1942年)。着任後は、パラオ諸島やトラック諸島での視察を基に『南洋の日記』を書き残しており、 南洋を「未開」とする一般認識や植民地支配を「近代化」として正当化するような見方には与しなかった。南洋庁の植民地官僚の末端にありながら、現地民を徴用して戦争準備を進める日本軍にも批判的であったという。 帰国後の晩年には、時局に奉仕する文学(者)に鋭い批判の目を向けていたことも指摘されている。
本書は、シリーズ「日本の中の世界史」の1冊として執筆されており、それ故であろうと思われるが、中島の足跡だけではなく、南洋をめぐる列強の植民地化の経緯や、南洋に深く関わった人物たちについても詳しく紹介されている。
読後の感想を言えば、中島の作品群の時代背景や中島自身の時々の問題関心が鮮明になっていて興味深いが、南洋をめぐる世界史的動向やそれに関わる人物の叙述と中島敦の接点が必ずしも明解とは言い難く、 また植民地体験をもつ日本人の中にあって文筆家に限っても中島は例外的存在ではなかったのかとの印象も拭えない。



※林英一『南方の志士と日本人―インドネシア独立の夢と昭和のナショナリズム』筑摩書房、2019年
本書は、1933年にインドネシアから日本に渡った2人の留学生(ウスマンとガウス、ともにミナンカバウ出身)を主人公として、2人のインドネシア独立の志士の足跡と知られざる日イ関係史の一面を再現し、 「インドネシア独立と昭和ナショナリズムの相克を浮かび上がらせる」ことを課題としたノンフィクションである。
主な記述内容は、2人の経歴と日本留学の経緯、日本での政財界・右翼の有力者との交流、大アジア主義への傾倒、ウスマンの日本人女性との恋愛・結婚(ウスマン、36年帰国)、医師ガウスのシンガポール帰国(39年)、ウスマン夫妻の日本軍政下パダンでの対日協力、ガウスのシンガポールでの対日協力、 ウスマンの内閣情報局通訳としての再来日(43年)、戦中・戦後ウスマンの日本での祖国独立支援、ガウスのシンガポールでの祖国独立支援などである。
本文はウスマンに関する記述が大半を占めており、著者によれば、ウスマンは「大東亜共栄圏」の一員を自負しつつ、その積極的な対日協力はあくまで独立のための手段に過ぎなかったということになろう。
本書では、戦前インドネシア人留学生の関係者へのインタビュー調査や関連史料の渉猟によって、新たな史実も多数発掘されており、その点は労を多としたい。
しかし、結論は必ずしも明解とは言い難い。戦前・戦中日本の「大東亜共栄圏」構想に連なる大アジア主義とインドネシア独立運動との関係性をどう捉えているのか、著者の見解は必ずしも判然としない。 また、日本の植民地支配による甚大な負の遺産についての言及も極めて限定的である。本書を読了して、日イ関係史研究の方法態度について、改めて考えさせられた。



※古田和子(編著)『都市から学ぶアジア経済史』慶應義塾大学出版会、2019年
本書は、アジア経済(史)を専門とする12名の慶應義塾大学のスタッフによる論文集である。取り上げている都市は、蘇州、プネー、バタヴィア、シンガポール、登州、上海、長崎、香港、台南、羅津、深セン、バンコク・ホーチミンであり、 対象とする時代は16世紀から21世紀まで都市ごとに異なる。編者は、本書の課題として「その都市がその時代にどのような位置を占めたのか」「アジア経済史としてどのような意味を持つ存在であったのか」を検討することとしている。 以下では、とくに興味深く読んだ論考に絞って簡単に紹介しておこう。
「プネー インド西部における政治都市の経済発展―マラーター同盟下の18世紀」(第2章、小川大)は、18世紀のムガル帝国衰退期にイギリス東インド会社と対峙した在地の最大勢力=マラーター同盟の中心都市プネーに注目する。 プネーは、18世紀(近世)に新興政治=金融都市として台頭し、それが19世紀のイギリス統治に継承されたという。ウエスタンインパクトに対して、インド側の発展的契機を重視して都市経済を見直す視点が打ち出され、 インド経済史における18世紀史の再検討を主張している。
同様の問題関心による論考に「シンガポールと東南アジア地域経済―19世紀」(第4章、小林篤史)と「上海 交易と決済、市場と国家―18世紀〜20世紀初頭」(第6章、古田和子)がある。 イギリスをはじめとした西洋によるアジア経済の再編を「近代アジア」と捉える枠組みに対して、18世紀以降のアジア国際経済の発展を前提として、アジアの都市経済が植民地支配下でどのように主体的に対応しようとしたのかを提示する、 西洋中心的なアジア認識への反省を迫る論考である。
現代の都市経済では「イノベーションの首都 深セン―20世紀末〜21世紀初頭」(第11章、丸川知雄)が、深センの変貌に注目している。中国の「改革開放」以来、「経済特区」第1号として農民工に依拠した労働集約型工業化を主導し、 「世界の工場」の拠点となった深センが、今世紀に入ってイノベーション都市へと変貌できた要因を探っている。深センのハイテク都市化は、1996年に始まる(第9次)5カ年計画で華為や中興通訊が実験企業として指定されたことが画期となった。 急速にハイテク化するうえでの優位性として、人材・資金・部品・材料等の資源を中国内外から集める好立地、特に香港に隣接して関税なしの資源調達、中央政府の規制が比較的緩やかで技術革新が起こりやすい経営環境、 大学などの公的研究機関ではなく民間企業主導の研究開発などが指摘され、これらの条件が重なった結果として深センのイノベーション都市化を説明している。
本書は、時代もテーマも異なる論文集であるが、それならば既存のアジア経済史研究に対して、本書の成果を上記の課題に即して総括するような、まとめの論考がほしかった。そうすれば今後の研究課題も一層明瞭になったであろうと思われる。



※浅井亜紀子・箕浦康子『EPAインドネシア人看護師・介護福祉士の日本体験―帰国者と滞在継続者の10年の追跡調査から』明石書店、2020年
EPA(経済連携協定)に基づくインドネシア人・フィリピン人の看護師・介護福祉士の受入が2008年に始まっている(2008年〜2017年に合計2116人)。 同制度が、日本における看護・介護の労働環境(低賃金と重労働)ゆえの人材不足を補う目的でスタートしたこと明らかである。先行の技能実習生(当初は研修生)制度が、ブローカーの介在、極端な低賃金、職場のパワハラ、 失踪などの頻発で大きな社会問題となってきたのに対して、EPAでの来日では、政府機関の一元的管理(ブローカー介在の余地無し)、研修期間の生活保障、国家試験受験支援などの点で改善されてはいる。 それでも日本人と同じ国家試験に合格する必要があり、漢字の専門用語の難解さなどのために合格率の低いことがマスコミなどでも報じられた。
本書では、来日したインドネシア人看護師・介護福祉士(候補者)を10年間(2009年〜2018年)にわたって追跡調査し(長期の調査対象者は看護師17名、介護福祉士17名)、SWB(主観的ウェルビーイング)という文化心理学の手法によって分析している。 これは、渡日者の初期異国体験から長期滞在中および帰国後まで、仕事や生活環境に対する自己意識の変化や自己再編のプロセスを、時間の経過を追って測定するという方法である。 ここでいうウェルビーイングとは、「身体的・精神的・社会的に満たされた状態」をさす。著者によれば、この方法は単に外国人の異文化適応という視点だけでなく、多文化共生社会の実現という視点からアプローチできるメリットがあるという。
通読してみて、調査対象者の様々の発言がどこまで本音で語られているのか疑問はあるものの、彼らの自己認識や時間経過による心理的変化の様相は興味深い。また、試験合格者でさえ3年を経ないうちに帰国する者が4割強もいるという事実や、 帰国後に看護師の仕事を継続する者は2割程度で技術移転は進んでいないといった指摘もあり、改善すべき課題も多いことが分かる。
いずれにしても日本の少子高齢化と労働市場の逼迫(需給バランスの歪み)を考えると、今後一層の外国人労働者の受入は不可避であり、外国人の労働環境の改善(少なくとも日本人と同程度の労働条件と社会保障の付与)は喫緊の課題であろう。



※杉原薫『世界史のなかの東アジアの奇跡』名古屋大学出版会、2020年
著者の前著『アジア間貿易の形成と構造』(1996年)が19世紀末〜1930年代のアジア間貿易を主題としたのに対して、本書は、長期の世界経済史(16世紀〜現代)の中で「アジアの奇跡」を論じている。 本書の狙いは「世界史を根本的に見直し、ヨーロッパを焦点とする世界史から東アジアを焦点とする世界史へと我々の視点を転換すること」にあるという。西洋中心史観の克服とグローバル・ヒストリーの研究潮流に位置づけられよう。 実証分析には、比較史および国際経済関係史の視点から膨大は資料が利用されている。論点は多岐に亘るが、以下の諸点に注目したい。
資本集約的なイギリス産業革命に始まる西洋型発展経路が、労働集約的な東アジア型発展経路と融合して、第2次大戦後の日本・NIES・ASEAN・中国における爆発的な成長を実現させた。ここに「東アジアの奇跡」の画期性があるという。 つまり、西洋主導の工業化経済成長論ではなく、またウエスタンインパクトによって強制されたアジアの停滞論でもなく、西洋型と東アジア型の融合、およびアジア側の技術や制度の個性的な発展の有り様に「東アジアの奇跡」を見ていると言えよう。 同時に、西洋型発展経路は資源集約的工業化、東アジア型発展経路は資源節約型工業化である点にも着目している。
そして今日のアジア太平洋経済圏の興隆は、東アジアを世界経済の周辺から中心へと移行させ、東アジアの世界経済への貢献が政治・経済・文化の全ての分野で強化されたと見ている。これを敷衍すれば、資源節約的な東アジア型発展経路は、 東アジア以外の非ヨーロッパ世界における今後の発展モデルということにもなろう。
本書の成果をアジア地域経済史(あるいは一国経済史)の研究に活かすとすれば、本書の仮説である複合的な「経路発展論」をどのように取り入れるのかということになり、これは充分に検討に値すると思われる。 また、現代のIT・デジタル技術からIoT・AI・ビッグデータ(いわゆる第4次産業革命)に至る急激な発展が、今後「東アジアの奇跡」(東アジア型発展経路)をどのように変化させるのか、 そこでは資源節約的な東アジア型が持続可能な発展経路であり続けるのか、こうした論点も浮かび上がってこよう。



※植田浩史・三嶋恒平(編著)『中国の日系企業、蘇州と国際産業集積』慶應義塾大学出版会、2021年
本書は、中国・長江経済圏の中心都市のひとつである蘇州市に進出した日系企業の経営戦略を分析対象としている。編者によれば、2005年〜2019年まで実施された現地調査に基づく共同研究とのことである。 蘇州市への日本企業の進出は、2000年代半ばまで電子関連企業が主役であったが、2000年代後半からは自動車産業が増加しており、本書でも主たる分析対象は自動車関連企業(階層化した部品サプライヤ)となっている。
自動車部品産業(第U部、主に1次サプライヤ)の経営戦略については、以下の諸点が指摘されている。独立系サプライヤが主力だが、日系完成車企業との長期取引が継続していること、自動車関連の増加に伴って製品の輸出から中国国内市場の開拓へと戦略が変化したこと、 労働需給の逼迫から資本集約工程へシフトしていること、地場系完成車企業との取引はそれほど進展していないこと、国際戦略では日系完成車企業のGVC(グローバルバリューチェーン)分業体制に適応していること、 蘇州では製造機能に特化し研究開発は日本本社・開発拠点に依存していること、などである。
日系中小企業(第V部、主に2次以下のサプライヤ)に関しては、進出形態としてパートナー型(取引企業の随伴進出)と日本供給型(日本への逆輸出)が中心であること、顧客の経営動向や操業環境への対応に苦しんでいること、 地場企業との激しいコスト競争・品質競争の中で設備・人材の現地化によって事業継続を図っていること、中には量産体制でマザー工場化する企業も現れ、それに伴って日本本社との関係やグローバル分業の構造変化が見られること、 などの諸点が指摘されている。
読後の疑問点として、以下の2点を指摘しておこう。@編者は本書の特徴として、大手日系企業だけでなく、その下位に位置する日系中小企業も分析対象としていることを強調している。しかし、既にアジア(中国を含む)に進出した日系中小企業に関して多くの研究蓄積があるにもかかわらず、 先行研究の整理と検討が十分ではないため、既存研究との対比でどのような新たな成果・論点が追加されたのか必ずしも判然としない。1次サプライヤも含めて、アジア日系企業の経営に関する先行研究の総括的検討と到達点を踏まえて、 本研究の特徴を明示すべきであろう。Aアジア日系企業の経営戦略の研究課題のひとつに「日本的経営・生産システムのアジア的適応」に関する問題群があるが、本書には現地人労働者の人材育成・労務人事管理に関する分析がほとんど見られない。 日系企業が現地定着を図るうえで、現地人労働者に対する日本的な雇用・人材管理・生産方式の適応如何は最重要課題であるが、残念ながら本書にはかかる視点が十分とは言えない (「日本的経営・生産システムのアジア的適応」問題に関しては、本ホームページ「トピックス」の該当箇所を参照されたい)。



※リチャード・ロイド・パリー(濱野大道・訳)『狂気の時代―魔術・暴力・混沌のインドネシアをゆく』みすず書房、2021年
著者は、英『ザ・タイムズ』紙アジア編集長および東京支局長である。原書は2005年に出版されており、1990年代後半の政情不安定なインドネシアの中でも特に紛争地域の丹念な取材によって、ジャーナリストとして著書の評価を高めたノンフィクションである。
本書は3部構成となっており、第1部(「恥に近い何か、1997年〜1999年ボルネオ」)は、西カリマンタン州におけるダヤック人・マドゥラ人・マラヤ人の三つ巴の民族紛争、第2部(「放射する光 1998年ジャワ」)は、1997年〜98年のアジア通貨危機(クリスモン)に連動したジャワ各地での反スハルト暴動、 第3部(「サメの檻 1998年〜1999年東ティモール」)は、独立に向かう東ティモールが舞台で、独立派ゲリラ組織(東ティモール民族解放軍)とインドネシア軍から武器供与された統合派民兵集団との抗争や、民兵集団による住民・難民への暴行・虐殺など、 いずれも丹念な取材で緊迫した当時の現場が再現されている。
本書は、1997年〜1999年のインドネシア各地で起こった騒擾や暴力が主要なテーマであり、緻密な取材によって描かれた臨場感は読者に訴えるものがある。それ故、本書はジャーナリストによるノンフィクションとして評価されてよいだろう。
ただし、社会科学を専門とする私の視点からは、インドネシアが抱える構造的問題への切り込みが弱いという印象は拭えない。西カリマンタンの民族紛争では、なぜ行政と軍・警察が民族間対立の調整・和解に積極的に対応しないのか、 軍部主導のビジネスがマドゥラ人を労働者として意図的にカリマンタンに移住させていることへの言及などはほとんどない。異教徒間だけでなく、イスラーム教徒同士(マラヤ人vsマドゥラ人)の民族対立は、多民族国家の国民統合にとって深刻な問題であるが、 そういった問題関心も希薄である。ジャカルタでの騒擾に関しても、民衆暴動がいつも反華僑暴動に変質するのは何故か、華人問題(とくに華人有力者と政権・軍部との関係)への言及はほとんどない。 東ティモールに関しても、先進国(著者の母国はイギリス)が戦後インドネシアの開発にどのように関わり、東ティモールはどのような国際関係に置かれていたのか、全体として住民の大量虐殺を巡る諸勢力の歴史的関係を見抜く視点も弱いようである。



※アンソニー・リード『世界史のなかの東南アジアー歴史を変える交差路(上)(下)』名古屋大学出版会、2021年
著者の前著『大航海時代の東南アジア(T)(U)』(法政大学出版局、1997年、2002年)は、東南アジア近世の「交易の時代」論を提起した研究として周知のところであり、アジア海域経済史の研究に大きな影響を与えてきた。 オーストラリア歴史学会の重鎮である著者は、本書によって東南アジアの通史を新しい視点から総合的に捉えようとしている。
著者は、東南アジアの歴史を学ぶ意義として、その多様性に加えて以下の3点を指摘する。@この地域の地殻プレートの衝突が、世界全体の気候と人類の生存を直接左右すること、A女性が経済的社会的に自律的であったこと。 B非国家的な社会組織が重要な構成要素であること(とくに人口の多数が暮らす肥沃な内陸部)。Bに関してやや敷衍すると、歴史叙述にあたって非国家的な諸体系(親族関係、宗教、技芸と表演、儀礼と経済的互酬関係など)への偏見を捨てること、 国民国家中心史観を克服することの重要性を強調する。東南アジアの多様性を理解するには、ヨーロッパや中国の歴史叙述にみられるような、文明と国家を結びつける歴史叙述は放棄しなければならないと言う。 そして、東南アジアは、独自の価値をもつ独特の環境にあり、上の@〜Bの要素ゆえに世界史上の「決定的に重要な交差路」になってきたとも言う。
このような課題意識を踏まえて本書は、政治史・経済史・社会史にとどまらず、地質学から人類学・民俗学に至るまで幅広い研究成果を取り入れ、総合的な東南アジアの全体史を描くことを狙いとしている。
ちなみに、筆者が専門とする経済史に関する具体的な叙述箇所に注目すると、既存研究の成果は丹念に渉猟しているものの、史実の新たな解釈や方法論的な問題提起などはほとんどなく、無難に纏められているという印象が強い。 やはり本書の特徴は、学際的な東南アジア総合史への挑戦にあると言えよう。



※「お隣は外国人」編集委員会(編)『お隣は外国人―北海道で働く、暮らす』北海道新聞社、2022年
北海道の産業と生活がこれほどまでに外国人労働者(とりわけ近隣アジア諸国出身の労働者)への依存を深めている現実には、今更ながら驚かされる。 北海道在住の外国人労働者は、2013年の9900人が2020年には2万5000人に急増している(国別では、ベトナム人、中国人、フィリピン人の順)。コロナ禍で出入国が困難になっている中でも、在留者数はそれほど減少しておらず、今後も増加し続けることがほぼ確実とみられている。
本書は、外国人労働者の約半数を占める外国人技能実習生に焦点を当て、外国人との関わりの深い執筆者たち(19名)によって、産業別労働実態、日常生活や語学実習、人権問題・失踪事件、各種学校や教会の支援活動など、様々な角度から実習生たちの実相と課題が照射されている。 編者(湯山英子、宮入隆、仮屋志郎)によれば、まずその実状と課題を知ることが外国人との共生を実現する第一歩になるという。1993年に始まった外国人技能実習制度の問題点は、様々なNGOやマスメディアが取り上げ、母国の送り出し機関や斡旋業者、 日本側の管理団体や受け入れ企業における不正や法令違反がしばしば指摘されてきたが、それだけでは実習生の労働と生活の実相は中々見えにくい。
また北海道のような地方社会では、外国人との共生には独自の課題もある。低賃金や不安定就業という日本人との共通の問題だけではなく、過疎化や脆弱な生活インフラの中で、外国人が働きやすい環境を如何に整備するかは喫緊の課題である。 本書は、人手不足を補うために外国人の短期受け入れを繰り返すだけでは、もはや地場産業も介護福祉も成り立たなくなっていること示している。 「特定技能」制度(2019年に導入)が普及すれば、職場の移動と長期滞在は可能となるが、今度は流動化する外国人労働力の定着を如何に図るかが重要な施策となろう。
こうした課題を抱えるのは、もちろん北海道だけではない。おそらく日本の多くの地方社会に、共通した労働事情が生起しているであろうことは想像に難くない。北海道の事例紹介は、他の地方でも多いに参考になるだろう。編者の労を多としたい。



 

  読書ノート・番外編

「読書ノート・番外編」は、趣味の一端を披瀝することになりますが、愛読する推理小説・経済小説・社会派小説の読書ノートの中から、アジアに関係するものに限定し良書を選んで掲載します。いずれも2020年以降に読了したものです。

※オルハン・パムク『わたしの名は赤(上)(下)』(新訳版)早川書房、2012年
※古内一絵『痛みの道標』小学館、2015年
※東山彰良『流』講談社、2015年
※深田晃司『海を駆ける』文藝春秋、2018年
※下村敦史『フェイク・ボーダー 難民調査官』、『サイレント・マイノリティ 難民調査官』光文社、2019年
※アビール・ムカジー『カルカッタの殺人』(2019年)『マハラジャの葬礼』(2021年)早川書房
※ヤンシィー・チュウ『夜の獣、夢の少年(上)(下)』東京創元社、2021年
※ディー・レスタリ『スーパーノヴァ 騎士と姫と流星』上智大学出版、2021年


※オルハン・パムク『わたしの名は赤(上)(下)』(新訳版)早川書房、2012年
本書は、トルコのノーベル賞作家オルハン・パムクの代表作であり、16世紀末のオスマントルコ帝国の首都イスタンブルを舞台とする歴史推理小説である。事件は、帝国皇帝の密命によって装飾写本を作製する細密画工房で、 名人絵師の一人が殺害されたことに始まる。事件の背景には、イスラーム細密画の技法をめぐって宮廷絵師たちの間での対立があった。東西交流の要衝である当時のイスタンブルにおいては、細密画の伝統的な様式を堅持するのか、 それとも西洋の新しい技法(遠近法や陰影法)を取り入れて融合・進化させるのかという細密画のあり方を巡って、名人絵師たちの間には激しい葛藤があった。偶像崇拝を禁止するイスラーム世界では常に絵画のあり方が問われていた。 イスラームの神秘主義派・原理主義の絵師からは、細密画は神の視点で描かれるべきであり、西洋技法の移入は伝統への裏切り=異端と見做される。皇帝の密命は、ヴェネツィアの統領への贈り物としての装飾写本を作製することであったが、 皇帝に忠実な工房の監督(主人公の叔父)も殺害されて、これが第2の事件となる。主人公は、12年ぶりにイスタンブルに帰ってきて細密画工房の監督である叔父の仕事を手助けすることになり、 事件とも深く関わる。叔父の娘(寡婦)との恋愛もストーリーの伏線となっている。
各節の叙述は、主要登場人物による1人称の語りになっており、なかでも犯人の語りは事件のナゾを解く鍵であり、その独白から犯人像が徐々に絞られていく。著者の巧みな筆致は、当時のイスタンブルの町並みを彷彿とさせるものがあり、 また西アジア・イスラーム文化圏の古典文芸やイスラーム神学の知識があれば、ストーリーをより深く理解できる仕掛けになっている。


※古内一絵『痛みの道標』小学館、2015年
ブラック企業を逃げ出した主人公が、祖父の亡霊とともにインドネシアのカリマンタン島に向かうという、やや現実離れした設定で始まるストーリーではあるが、叙述が戦時中の日本軍政下の歴史に及ぶと俄然現実味を帯びてくる。 本書は、現代と日本軍政期(1942年〜45年)を行きつ戻りつしながら展開するという構成になっている。
祖父はかつて日本海軍の少年兵としてカリマンタンで飯米生産に従事していた。現地で知り合った日本人農園主やその家族、現地人従業員との心温まる交流もつかの間、日本人農園主は「抗日」運動協力者の嫌疑をかけられる。 戦時末期になると、日本軍は「抗日」を口実に現地人虐殺を繰り返しており、これが現在でもほとんど知られていない「ポンティアナック虐殺事件」である。祖父は日本軍の蛮行に抵抗するのだが・・・。
一方、カリマンタンに到着した主人公は、霊感の強い女子高生と出会い、彼女の助けをかりながら、祖父に依頼された人捜しのため目的地のポンティアナックに向かう。そして祖父の亡霊がカリマンタンを目指した真の目的が明かされ、 その深い意味を知ることになる。
現代ブラック企業の理不尽な処遇とかつての日本軍が犯した狂気が二重写しになっており、考えさせられる良書である。


※東山彰良『流』講談社、2015年
本書は、戦後台湾における特異な国家形成史にまつわる歴史推理小説である。事件の発端は、1975年戒厳令下の台湾で主人公(17才の青年)の祖父が殺害されたことだった。 主人公の一家は、国共内戦で敗れた蒋介石の国民党とともに台湾に渡った外省人。主人公は、祖父と一族が辿った苦難の歴史を掘り起こし、台北から日本そして大陸中国へと渡って犯人をつきとめる。それは自らのルーツを探る旅でもあった。
戦後の台湾には、大陸から台湾に逃れた国民党系の外省人と、蒋介石・国民党政権の一党支配・戒厳令体制の下で弾圧・差別に苦しんだ本省人との鋭い対立があった。国民党系の外省人には、大陸で抗日戦争を戦った人たちも少なくない。 抗日戦争期から国共内戦期にかけて、大陸では共産党系、国民党系、日本軍協力者などが入り乱れて、中国人同士が敵対していた。一方、戦前日本の植民地時代を経験している本省人の中には、 日本語教育を受けた親日派や日本軍属として参戦した人々もいた。こうした様々な経歴の人々が戦後台湾の社会的分断状況を形作っており、それを背景として殺害された祖父と犯人の人間関係のナゾが解き明かされる。 時代は1970年代後半〜80年代前半、戒厳令下の台北のどこか猥雑な下町からストーリーが展開し、徴兵制による軍隊経験、さらに高度成長期の対日貿易もナゾ解きの一端となる。
台湾生まれの著者ならではの緻密なストーリー構成になっているが、叙述が外省人の世界に偏っていること、世代交代の進んだ民主化後の現代台湾では、 出自(外省人か本省人か)にかかわらず「大陸回帰vs独立志向」の対抗が主たる争点となっていることには留意すべきであろう。


※深田晃司『海を駆ける』文藝春秋、2018年
本書は、同名の映画を監督した著者が、自ら小説化したものである。舞台はインドネシアの北スマトラに位置するバンダ・アチェ、登場人物は、現地人と結婚し震災復興支援に取り組む中年の日本人女性、 彼女の大学生の息子とそのクラスメートたち、彼女の姪で父の遺言を果たすため日本からバンダ・アチェにやってきた女性など、それに海岸に打ち上げられた不可思議な人物(日本人らしい)が絡み、インドネシア人と日本人の錯綜した人間関係が描かれている。 そこには、2004年スマトラ大津波の惨状とその後遺症、その大惨事をきっかけに収束した地域紛争(自由アチェ独立運動)、第2次大戦中の日本軍政が残した負の遺産(残留日本兵問題)、日本のODA開発援助に伴う国軍と日本企業の癒着など、 現地の社会問題が登場人物たちの関係に影を落としている。
著者は、民族・国家・宗教を超えた若者たちの交流と愛憎を描こうとしているようにみえる。インドネシアと日本の深い歴史的関係を知らない若い世代には、新鮮で考えさせられるテーマ設定なのであろう。 ただ、震災支援、地域紛争、戦争体験、開発援助などの社会問題については、叙述があくまで表層的で、どれも深い切り込みが足りず、著者がこれらを取り上げることによって何を意図しているのか、判然としないという印象は残った。


※下村敦史『フェイク・ボーダー 難民調査官』、『サイレント・マイノリティ 難民調査官』光文社、2019年
日本の難民認定率が極端に低いことは、つとに知られたところである。例えば2019年でみると、難民申請者1万5500人に対して認定者は僅か44人、認定率は0.28%にすぎない。 ちなみに主要国では、アメリカは申請者32万人に対して認定率22.7%、フランスは19万人・18.3%、カナダは7万人・51.2%である。日本の認定率が低い理由には、偽装難民の在留防止を重視し、難民定義を狭く解釈する傾向が指摘されるが、 これには難民支援の民間団体からの批判も強い。
本書2冊は、東京入国管理局の女性難民審査官を主人公としたシリーズものであり、他に難民問題を素材にした社会派推理小説は寡聞にして知らない。前者(『フェイク・ボーダー』)では、主人公の担当するクルド人の難民申請者が、 合法入国であるにもかかわらず密入国を装っていた謎からストーリーが展開する。後者(『サイレント・マイノリティ』)では、シリア人の難民申請者が母国での政治的迫害を訴えるが、その娘は全く異なる証言をする。 父娘の証言の食い違いと、同じ頃に起きたシリア人夫妻の殺人・誘拐事件が複雑に絡む。いずれも難民問題について異なる立場の人々を登場させることで、難民認定に関する制度上の問題点を浮き彫りにしている。 巧妙に仕組まれた謎を解くプロセスで、読者は、難民申請者が抱える様々な社会事情を知ることになる。2冊ともに、秀作と言えよう。


※アビール・ムカジー『カルカッタの殺人』(2019年)『マハラジャの葬礼』(2021年)早川書房
著者はイギリス生まれのインド系移民。本書2冊は、イギリス植民地期のインドを舞台にして、カルカッタ警察のウィンダム警部とバネルジー部長刑事がタッグを組んで難事件にあたる歴史推理小説のシリーズ第1作と第2作である。 ウィンダムは、かつてスコットランド・ヤードの敏腕刑事であったが、第一次大戦で重症を負い、妻をスペイン風邪で亡くしてアヘンに溺れたままインドに赴任したイギリス人警部、 一方のバネルジーは、バラモン階級出身でケンブリッジ大卒・超エリートのインド人部長刑事、この二人が支配階級と被支配階級という緊張関係を孕みながら協力して捜査に挑む。
シリーズ第1作『カルカッタの殺人』では、イギリス統治下のカルカッタで政府高官がインド人街で惨殺されたことが事件の発端となる(1919年)。当時のベンガルでは独立運動が高揚し、革命組織の活動が活発化していた。 テロリストによる政治的犯行なのか。事件の背後には、イギリス人貿易商と行政府の癒着、軍情報機関の暗躍、植民地政庁上層部の腐敗、警察機構内部の確執、中国人経営の阿片窟の存在なども見え隠れする。 それにウィンダムとバネルジーを中心に描写される人間関係が錯綜する。
シリーズ第2作の『マハラジャの葬礼』は、総督によって全国から招集された藩王の会合中に、デカン地方の藩王国サンバルプールの王太子がカルカッタで暗殺されたことに始まる(1920年)。 舞台は藩王国へと移り、インドの独立を支援し藩王国の改革を推進しようとした王太子、王位継承を巡る弟太子との確執、イギリス資本によるダイヤモンド鉱床買収案件、ヒンドゥー教ジャガンナート神の祝祭などの要素が絡み合い、 王室の複雑な人間関係を巡ってナゾが解き明かされる。ここではイギリス植民地政庁と半独立国である藩王国との支配関係がストーリーの背景を成している。
両書ともに、インドに特有の異民族支配やカースト制度の社会矛盾、ヒンドゥーの社会慣行などを巧みに織り込んで精緻なストーリー構成になっている。


※ヤンシィー・チュウ『夜の獣、夢の少年(上)(下)』東京創元社、2021年
イギリス植民地時代のマレーシア(英領マラヤ)は、スズとゴムの2大輸出産品に特化した植民地だった。現地マラヤの先住民族は比較的人口希薄であったため、スズ鉱山やゴム農園で必要とする大量の労働者は、 中国(主にスズ鉱山、広東系・福建系の中国人)とインド(主にゴム農園、タミール系のインド人)から流入した。北部ペラ州の都市イポーはスズ生産の中心地のひとつであり、早くから中国人街が形成されていた。
本書は、1930年代のイポーとその周辺の華人社会を主な舞台としており、登場人物の多くはスズ産業やゴム農園に関わる華人とイギリス人医師たちである。主人公はイギリス人医師に雇われた少年レンとダンスホールで働くジーリン、 2人の周辺では次々と奇怪な死亡事件が起こる。物語の前半では2人のストーリーが別々に展開するが、後半には2人が出会って事件が交差し、謎解きへと向かう。2人の共通点は、漢字名が儒教の五常(仁、義、礼、智、信)に由来すること(レンは「仁」、ジーリンは「智」)、 しかも彼らの兄弟も五常の別の漢字名を持っており、謎には深く関わっている。また、奇怪な事件には、マラヤの人虎(ハリマウ・ジャディアン)伝説との関わりも暗示されている。さらに主人公たちの夢判断や霊感が、事件に幻想的な味付けをする。
ストーリーは五常と人虎伝説が絡みつつ展開し、植民地社会の華人と宗主国出身のイギリス人との人間関係も巧みに描かれている。ただし、描写が華人社会にやや偏っており(華人は人口の3割程度)、植民地マラヤの全体像が見えにくいという難点はあるようだ。


※ディー・レスタリ『スーパーノヴァ 騎士と姫と流星』上智大学出版、2021年
著者は、現代インドネシアを代表する女流作家であり、原書は2001年に出版されてベストセラーとなった。性的マイノリティや性規範のあり方を正面切って取り上げた作品として注目されたのは、 ちょうど民主化後の「表現の自由」が叫ばれた時期であったことが背景にあろう。イスラーム的な男女の倫理観が強く支配するインドネシアにおいて、タブーに挑戦したこの小説がベストセラーとなったことの意味を問う必要がありそうだ。 本書は6部作の第1作目であり(2016年に完結)、2作目以降も高い評価を得ているという。「表現の自由」で許された叙述の新奇さだけで、一時的に注目されたというわけでもなさそうだ。
物語は、ゲイカップルであるレウベンとディマスの2人が小説を創作していくという設定で始まる。レウベンは、宇宙物理学と心理学を融合した量子心理学者であり、作中作のストーリーを量子心理学的に解剖してみせつつ、 ディアスがそのストーリーを創作する。作中作では、多国籍企業の若きエリート(騎士)と既婚の女性雑誌記者(姫)の道ならぬ恋、それにトップモデルの娼婦(流星)とスーパーノヴァが絡む。 ゲイカップルの対話と作中作のストーリーが交互に叙述され、スーパーノヴァの正体は最後に明かされる。
率直な読後感を言えば、レウベンとディアスの議論は理知的で興味深いが、作中作のストーリーがややありふれた恋愛もので、そのギャップに違和感を覚えたことは指摘しておこう。 それよりも、民主化後のイスラーム復古現象の中で、本書が高い評価を得ていることをどう捉えればいいのだろうか。現代のイスラーム化が単なるイスラーム回帰ではなく、 そこに新たな変化のモメントが内在しているとみるべきか。イスラーム的倫理観への問題提起と受け止めれば、本書の社会性も読み取れよう。


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